蝋板(ワックスタブレット)

古代~中世のメモ用紙である蝋板をご紹介します。蜜蝋を流し込んだ板に、「スタイラス」という尖筆(引っ掻きペン)で文字を刻みます。蝋板は英語ではWax Tablet(ワックスタブレット)。名前も見た目も、現代の「タブレット端末」のようです。


ポンペイ出土の壁画。蝋板とスタイラスを持つ女性が描かれています
(大塚国際美術館展示の複製。オリジナルはナポリ国立考古学博物館蔵。羊皮紙工房撮影)

現存している蝋板

粘土板、パピルス、陶片、羊皮紙は博物館に多く展示されていますが、蝋板については現在まで残っているものは他のものに比べ極端に少ないのです。理由は、素材が朽ちやすい木材と蝋であるため。湿潤な気候では数百年も持たずに朽ちてしまいます。
また、その他の書写材と違って書いた内容を残しておくものではないため、大切に保管されることもそれほどなかったのでしょう。

幸運にも現存している蝋板が、大英博物館に展示されているので実物を見に行きました。

現存する蝋板
(大英博物館:No. 1888,0920.72~75、羊皮紙工房撮影)
スタイラスも展示(大英博物館、羊皮紙工房撮影)

展示されていた蝋板はローマ時代エジプトのもの。やはり乾燥気候だから残りやすいのですね。その他、寒冷地のイギリスなどでも見つかっています。

蝋板用の板

蝋板用の木材としては、ツゲなどの硬木が多く用いられていたようです(参考文献1, 2)。そのほか、象牙などのラグジュアリータブレットもあったようですが、ここでは通常の木材のみを扱います。

蝋板の構造は極めて単純です。薄い木の板を窪ませて、蝋を流し込めばよいだけ。
とは言っても、実際に作ろうとするといろいろと迷います。まず、板の窪みはどうやって作ったらよいのでしょうか。

最も簡単な方法は、薄い板の四辺に細い板を貼り付けて枠を作ればよいのですが、どうも古代ではその方法は主流ではなく、一枚板をノミで彫り出していたようなのです。

今ではホームセンターに行けば薄い板が売っていますが、当時は木材から切り出さないといけません。薄い板を何枚も作るよりは、一枚板を彫るほうが効率的だったのでしょう。
しかも、板を組み合わせて作るよりも、彫った方が全体的に薄いものができるのです。持ち歩くことを考えると、薄くて軽いほうがよいですよね。複数のページにする場合もあったので、分厚いとかさばってしまうのです。

彫刻刀とノミで彫る
窪み完成

彫刻刀とノミで彫ること40分、ようやく蝋を流せる窪みができました!

彫り跡が雑!と思われるかもしれませんが、実はこの雑さがポイント。ツルツルにすると蝋が剥がれてしまうリスクがありますが、ある程度粗く残すことで蝋ががっしりと食いつくのです。

蝋を流し込む

さて、次に蝋を準備します。とはいっても、当時は普通のロウソクに使われているパラフィンはありません。蝋板に使われているのは蜂の巣から採れる「蜜蝋」です。


蜜蝋の粒

このまま使ってもよいのですが、そうすると淡いクリーム色の蝋板になります。見た目はやさしげでよいのですが、文字を刻むとなるとちょっと不便。全体が淡くて文字が読みづらいのです。多少なりとも読みやすくするため、蝋を濃く色づけします。多くの場合、黒が用いられたようですが、時代や地域によって混ぜる色は異なります(参考文献4)。

黒い色を付けるために、ここではスス(カーボンブラック)の粉を投入します。量が少ないと白黒のムラになってしまうので、たっぷりと入れましょう。

中世ドイツの蝋板の分析では、蜜蝋にリンシードオイルや松脂、テレピン油が配合されていることが分かったようです(参考文献3)。蜜蝋単体では温度変化に敏感すぎるため、これらの材料を入れることでより安定した表面にした模様。ただ、古代の蝋板についてはこのようは配合の記録や分析結果はないため、今回は蜜蝋単体で作ります。

さあ、材料を入れたところで蝋を湯せんします。蜜蝋は理論的には体温程度で溶け出すのですが、完全に液体になるまでにはガラス棒でかき混ぜながら15分程度湯せんする必要があります。

液状になった蜜蝋
黒い顔料を混ぜる

ヤケドしないように手袋をして瓶を持ち、板に流し込みます。入れすぎるとあふれてしまうので慎重に。隅々まで蝋をいきわたらせるように板を傾けるようにします。

現存している古代~中世の蝋板で、蝋が残っているものを見ると、あくまでも画像からのみの推察ですが蝋の厚さは1mm以下のような感じです。

さあ、ツヤツヤの蝋板が完成しました! 5分もたたないうちに蝋が冷えて、もう少しマットな質感になります。木材が温められて内部の空気が膨張し、小さな気泡が所々に出てきますが、大きすぎないかぎりはそれほど筆写の邪魔にならないため気にしないでもよいでしょう。


出来立てのテカテカ蝋板

ただ、一発でここまでうまく均一に蝋を敷けるのは稀で、多くの場合はムラになったり穴ができたり、枠にあふれてしまったりと結構難しい工程です。


枠にあふれることは結構あるため、その場合は金属片で削ります

蜜蝋の香りがとっても心地よい。羊皮紙づくりはニオイがきついので、羊皮紙工房ではなく「蝋板工房」になりたいほど癒されます。

スタイラスづくり

スタイラス(引っ掻きペン)は、先端を尖らせた青銅の棒です(骨製もあり)。羊皮紙工房には、およそ2~3世紀のローマ帝国で使われていた青銅製のスタイラスがありますので観察してみましょう。

青銅製スタイラス(2~3世紀ごろ、羊皮紙工房蔵)
文字消し用のヘラ

太さ4mm、長さ12cmで、現代の鉛筆よりも一回り小さい感じです。鉛筆の直径は約6mmが主流ですので、4mmだと細くて持ちにくく感じます。

ペン先は尖ってはいますが、キリや千枚通しのように鋭いものではありません。しいて言えば、大き目の釘の先端のように若干丸みがあります。これは、蝋を切り裂くためではなく、ある程度太さのある読みやすい文字を刻むためだからでしょう。
とはいえ、それなりには尖っています。古代ローマのカエサルが暗殺されそうになった際、武器を持っていなかったため、咄嗟に手にしていたスタイラスで相手の腕を突いて応戦したという逸話が残されているほどです(スエトニウス著『ローマ皇帝伝』)。

ペン先の逆側はヘラ状になっており、蝋板の文字を消すために使用します。まるで消しゴム付き鉛筆のようですね。ヘラの両端が鋭いと、文字を消す際に蝋に筋がついてしまうため丸みを帯びています。なかなかの配慮ではないでしょうか。

さすがに今回作った蝋板に古代のスタイラスで文字を書く勇気は出ません。そこで、銅の丸棒で類似品を作ってみましょう。

銅の丸棒を削ってスタイラス先端を作る
ハンマーでヘラを成型。銅はすぐに硬くなるので焼きを入れて柔らかくしながら
持ちて部分に「節」を作る。装飾+滑り止め
スタイラス完成

スタイラスの完成です。

蝋板に文字を刻む

蝋板は、ビジュアル的にはチョークで書く黒板のようですが、蝋にスタイラスを滑らせて「筋」を付けることで文字を記録するものです。

蝋板は、メソポタミアの粘土板のようにペンを「押し付けて」深く窪ませることはしません。また、古代ギリシャの陶片のように、下地が出るまで表面を「削る」とも少し違います。


蝋板に文字を刻む

蝋板は、スタイラスを約45度の角度にして蝋を引っ掻き、線の周りに多少のバリ(めくれ上がり)を作ります。すると、白くなったバリが下地の黒に対して「枠線」のようになり、縁取りされた文字のようになるのです。たとえで言えば、海上を滑走するモーターボートの軌跡に白い波が残るように。

顕微鏡写真で見るとわかりやすいかと思います。

「X」の中央部分を顕微鏡撮影
「B」の中央部分を顕微鏡撮影

スタイラスを立てすぎると蝋で引っ掛かって滑らないのと、場合によっては下地の木が露出してしまいます。かと言って、寝かせすぎると筆圧が弱すぎて表面をなでるだけになり、バリが立たずに文字が目立ちません。約45度で少し筆圧をかけ気味にすると、読みやすい文字が書けます。

ちなみに、現代において蝋板を使ったカリグラフィー作品は2025年時点ですぐには見当たらないので、蝋板を使った文字アートはニッチな分野になるかもしれません。どなたか挑戦してみてください。

蝋板に文字を刻んだり消したりを繰り返すと、次第に表面が荒れてきて文字が見づらくなります。そんなときは、蝋板に光を反射させれば、窪んだ文字部分は影になり、白い背景に黒い文字というコントラストが生まれて読みやすくなります。このような理由で、蜜蝋そのものの淡い色よりも、黒く色付けしたほうがよいのですね。

白い縁取り文字のようになる
光の反射でさらに読みやすく

文字を消すには、もんじゃ焼のヘラが最適!

文字を消すには、スタイラスの反対側についているヘラを用います。

ヘラで文字を「削る」のではなく、浮いたバリを、線の窪みに戻してあげる「ならし」処理。ヘラを浅い角度で滑らせます。

ただ、結構テカテカの跡がついてしまい、均一に滑らかにはならないのです。全体を滑らかにするには、大き目の「リセット専用ヘラ」を使っていたのです。ポンペイの壁画にも蝋板の横に大きなヘラが置いてある様子が描かれています。

そこで活躍するのが、100円均一ショップで手に入る「もんじゃ焼きのヘラ」!!

先端をコンロの火などで軽くあぶってから蝋板に滑らせると、蝋が溶けて「スー」っと滑らかになるのです。スケートリンクの製氷車のよう。当時はオイルランプを使っていたので、ランプで軽くあぶることは手軽にできたのでしょうね。(スタイラスのヘラも熱して使うと文字がきれいに消えます。)
※もんじゃヘラを熱する際は、軍手などをしないと指にヤケドをするおそれがありますので要注意。

スタイラスのヘラで文字を消す
もんじゃヘラ大活躍! なめらか~な消しごこち
オイルランプと蝋板。ランプの炎でヘラを軽くあぶると文字を消しやすい。
ヤケドに注意

ちなみに、ヘラは極力寝かせた状態で滑らせることがコツ。立てた状態だと、ヘラ先の跡が付いて結構目立ちます。ヘラの持ち手をペンチで上に曲げると寝かせやすいですね。実は、古代のスタイラスでも、ヘラ部分がクイっと曲がっているものもあるのです。無理してヘラを寝かせないでもキレイに消せる工夫です。

持ち手を曲げるとちょうどよい角度に
真っすぐなヘラと曲がったヘラ(2~3世紀ごろ、羊皮紙工房蔵)
ヘラが曲がっているとキレイに消しやすい

蝋板の「初期化」にはスノーボードツールが活躍!

蝋板は書いて消してを繰り返していると表面がかなり荒れてきます。完全に蝋板を「初期化」する場合、古代では炎の近くに蝋板を置いて温めることが一般的だったようです。ただ、「蝋と木材」はかなり燃えやすい素材ですので、引火して大きな蝋燭にならないように気を付けないといけません。
「鉄板に燃えた炭を乗せて、上からあぶって蝋を溶かした」ということも聞いたことはありますが、情報源が定かではないので断言できません。

では現代ではどうしたらよいでしょうか。
アイロンが使えます。アイロンを高温(180℃程度)にして、蝋板表面から1cmくらい浮かせた状態でかざすと(スチームは厳禁!)、ジワジワと蝋が溶けていくのです。溶けるのに15分はかかりますので少々根気が必要。ちなみに、コードレスアイロンは長時間畜温できないためおすすめしません。

ただし、電化製品の取説には、ほぼ必ず「指定用途以外には使用しない」という注意書きがあります。「蝋板の初期化」は明らかに範囲外でしょう。そもそも、衣服用のアイロンに蝋が付いてしまうと、洗濯物にアイロンをかけたときに服に黒い蝋がべったり付いてしまいます。家族に怒られて、「いや、その・・・蝋板を初期化していて・・・」という言い訳は全く通じないでしょう。また、スチーム孔に蝋が詰まってしまっても危険です。

そこで、古代の蝋板に最適なツールがあるのです。それは、スノーボードグッズ。

スノーボードの滑走面にはワックスを塗って滑りやすくしています。そのワックスを溶かしてスノボに塗布するための「ワクシングアイロン」というものがあるのです! これだと、取説の注意事項に反することなく「蝋を溶かす」用途で使えますね。
しかも形が長方形で、かつ、サイズが縦17cm×横10cmで、蝋板サイズ(16×10cm)とほぼぴったりなのです! そのフィット感は、スノボだけでなく蝋板も意識したデザインなのかと思うほど。

アイロン前。表面があれている
ワクシングアイロン処置中
アイロン後。見事に初期化!

蝋板の枠に2mm厚の木の板を乗せてスペーサーとし、その上にワクシングアイロンを乗せます。140℃設定で待つこと約15分、見事に滑らかな表面に初期化されました! アイロンについた蝋も、そのまま拭き取れば問題なしです。これでスッキリとした気持ちでメモ書きができますね。

羊皮紙やパピルスにインクで書いた文字は簡単には消せませんが、蝋板は熱とヘラ(とアイロン)があれば簡単にリセットできる優れもの。そういう意味でも、間違えても簡単に直せる現代のタブレット端末と共通点がありますね。

複数ページに製本

古代において、「本」と言えば私たちが慣れ親しんでいる「冊子形態」ではなく「巻物」でした。パピルスや羊皮紙をつなげて、巻いて保管していたのです。

反面、木の板は巻けませんよね? そうして誕生したのが、木の板をヒモで複数つなげる「冊子」形態です。

2枚の蝋板を革ひもで接続
まさに現代でもおなじみの「本」の形態

ポンペイの壁画にも複数ページの蝋板を持つ女性が描かれています。板をつなげるヒモにリボンを使っているようにも見えます。緑の服とマッチさせたなかなかのオシャレコーデですね。


複数ページの蝋板を持つ貴婦人
(ポンペイ壁画、大塚国際美術館展示の複製、羊皮紙工房撮影)

この「冊子」という形態が、パピルスや羊皮紙という素材と合わさって、現在私たちが読んでいる「紙の本」の原型ができたというわけ。古代のタブレット、蝋板は、実は私たちの本の遠い祖先だったのですね。

その他の書写材

パピルス紙の作り方: 羊皮紙工房のベランダで育てたパピルス草から、実際にパピルス紙を作ってみます。

古代メソポタミアの粘土板: 羊皮紙工房所蔵の紀元前19世紀の粘土板を基に、実践を交えて粘土板の作り方を解説します。

古代ギリシャの陶片(オストラコン): 羊皮紙工房所蔵の紀元前6世紀と紀元前5世紀の古代ギリシャのワインカップ(キュリクス)を基に、実践を交えて陶片に文字を刻むということを検証します。

参考文献

  1. Allen, S. J. (2016). Wooden writing tablets from 12–18 Swinegate, York (YORYM: 1989.28): An Insight report. York Archaeological Trust for Excavation and Research.
  2. Rouse, M. A., & Rouse, R. H. (1990). The vocabulary of wax tablets. Harvard Library Bulletin, 1(3), 12–19.
  3. Brown, M. P. (1994). Role of the wax tablet in Medieval literacy: A reconsideration in light of a recent find from York. Journal of the British Library, 20(1), 1–16.
  4. Cammarosano, M. (2025). A framework for the analysis of rewriting practices, and three case studies: Clay tablets, wax tablets, and erasable coatings. In Erasing and rewriting in manuscript cultures (pp. 1–62).

タイトルとURLをコピーしました