羊皮紙文書ギャラリー

羊皮紙工房が所蔵する、公文書や契約書、証明書など羊皮紙で作られた実務文書をご紹介します。
煌びやかな写本に比べると地味ですが、日付や当事者の名前、具体的な取引内容などが詳細に記録されている、貴重な一次史料です。
正式な文書としての本人証明の機能を持つ赤い蝋の印章も華やかなポイント。

ロザリオ兄弟会入会証書

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発行年: 1577年
発行地: サンタマリア・ソプラ・ミネルヴァ修道院(ローマ)
発行者: ドミニコ修道会(後のドミニコ修道会総長シスト・ファブリ(Sisto Fabri)の署名入り)
受領者: ブザンソン教区ヴェルセルの聖アガタ教会(代表者ローラン・シャロン神父)
言語: ラテン語(裏の添付文書はフランス語)
全体寸法: 375 x 565 mm
下部折目幅: 35 mm
羊皮紙動物種: ひつじ ※2020年イギリス・ヨーク大学でのタンパク質質量分析(ZooMS)による動物種特定結果

ドミニコ修道会の「ロザリオ兄弟会」入会証書です。ローマにあるサンタマリア・ソプラ・ミネルヴァ修道院院長シスト・ファブリの署名入り。フランス・ブザンソン教区ヴェルセルの聖アガタ教会のローラン・シャロン神父が行った入会申請に対して許可が下り、ドミニコ修道会により発行された華やかな文書です。

冒頭にカラフルな大文字で書かれている文言は、「SANCTIS ET INDIVIDUAE TRINITATI」。つまり、神である父と子であるイエス・キリスト、そして聖霊が一体であることを意味する「聖三一」(三位一体)です。続いて、発行年などの背景情報、条件や規則などが記載されています。

欄外装飾の上部中央にあるのは、聖職者に崇拝される聖母マリアの図像。
欄外装飾左右には、紋章が描かれています。左側の人物と麦の紋章には「永遠の命への希望」というラテン語、右側の牛の紋章は聖アガタ教会のあるヴェルセルのもの。
欄外装飾左上には、ローマの聖ラウレンティウス、右上には聖アガタ教会が祭るカターニアの聖アガタ(切断された自らの乳房を持っている)が描かれています。

文書の正当性を証明するため、ヒモに金属製のカプセルが取り付けられています。中には蝋の印章が収められていたのですが、現在は砕けてなくなってしまっています。
文書の裏面には、「添付文書」としてフランス語で書かれた1578年付けの羊皮紙文書が付属しています。

20世紀まで現役だったイギリスの羊皮紙文書

1827年契約書

イギリスでは、つい最近の20世紀まで、遺言書や不動産取引の契約書などは羊皮紙に手書きされていました。当事者の証明は、シーリングスタンプで捺印された赤い封蝋。まさしく私たちが理想とするファンタジー要素満載の文書ですね。しかし、書かれている内容は、どこどこの土地をいくらで何年リースする契約うんぬんと、超現実的なことなのです。

長い動物? 不動産契約書

1536年契約書

1536年 北イタリア

1536年9月16日火曜日に、北イタリアの公証人役場で作られた不動産販売契約書です。ヴェローナの契約書の形態に似ていることから、ヴェローナ近辺のものと類推できます。小型の山羊皮を2匹分縦につなげてあり、どこか長い動物のよう。首の部分を残してある独特な形です。

上片が波打つ「インデンチャー」

1677年契約書

1677年 イギリス

この文書の上辺を見ると、波打っていますよね。これは当時のイギリスにおける契約書の大切な要素。このような形の契約書は「インデンチャー」と呼ばれるもので、一枚の羊皮紙に同じ文面が上下互いに逆さまの状態で書かれ、波型にカットして2枚の文書に分割します。後に契約書の偽造が疑われるような場合は、2枚の契約書を合わせてみて波型がぴったり合えば安心というわけです。日本の割り印と似ていますね。

ハプスブルク家の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の署名入り「叙爵証書」

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1902年 ウィーン
羊皮紙動物種: 仔牛

この文書は、1902年にオーストリア・ハンガリー帝国の首都ウィーンにて発行された「叙爵証書」。オーストリア・ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(在位1848~1916年)の名のもとに、ボヘミアの実業家カール・ツィマーマンを貴族に認定する証明書です。(フランツ・ヨーゼフ1世は、皇妃エリーザベトの旦那さんと言ったほうがわかりやすい方も多いかもしれません。)カール・ツィマーマンに新たに与えられる紋章の説明書きなどが、ドイツ語で書かれています。

大まかな内容は次の通りです。

フランツ・ヨーゼフ1世
神の恩寵により オーストリア皇帝、ハンガリー使徒的王
ボヘミア、ダルマチア、クロアチア、スラヴォニア、ガリシア、ロドメリア、イリリアの王、
オーストリア大公、クラクフ大公、ロレーヌ公、ザルツブルク、スティリア、カリンシア、クライン、ブコヴィナの上下シレジア、トランシルバニア大公、辺境伯モラヴィア、ハプスブルク家とチロルの永久伯爵等。
1902年10月25日の決議に基づき、1863年にボヘミアで生まれた実業家である忠実なカール・ツィマーマンに貴族の地位を授けると同時に、「エードラー」の名誉と「フォン・ナイセナウ」の使用を許可する。
これにより、カール・ツィンマーマン・エードラー・フォン・ナイセナウとその正当な子孫が、法に従って貴族に関連する権利を享受し、特に以下の紋章を使用することを許可する。
(紋章のモチーフの説明が続く)
これを証明するために、我々は本証書に皇帝の署名を記し、皇室の印章を添付した。
帝都ウィーンにて
1902年11月24日

最後に、内務大臣、首相、皇帝の直筆署名が入ります。「皇室の印章」は、ハプスブルク家を象徴する双頭鷲の紋章が捺印された赤い蝋で、円形の木製ケースに収められています。装丁は深いワインレッドのベルベット。ここにもまた双頭鷲の紋章が輝きます。水彩で描かれたカール・ツィマーマンの新しい紋章は、オーストリアの紋章画家フリードリヒ・ユンギンガー(Friedrich Junginger)の作品です。

使用されているのは上質なヴェラム(仔牛皮)。かなりしっかりとした厚みと硬さがあり、わかりやすく例えるとプラスチックの下敷きのよう。厚みは約0.3~0.5ミリで、通常の羊皮紙より若干厚い程度ですが、密度が高く硬い質感です。

両面ほぼ均一な純白に近い色。これは、羊皮紙自体の色ではなく、羊皮紙に白い塗工をほどこしています。現代の私たちからすれば、黄色く多少ムラがあったほうが「羊皮紙っぽい」雰囲気があってよいと思う人も多いのですが、当時の価値観は少し違ったようですね。

フランス国王ルイ16世直筆署名入り文書

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1780年 ヴェルサイユ
羊皮紙動物種: ひつじ

18世紀、フランス革命前の絶対王政期にヴェルサイユ宮殿で作られた、イギリス人ロバート・ヤング氏に対するフランス帰化証明書。長年フランスで暮らし、働いてきたロバート・ヤング氏が帰化申請を出し、それに応える形で発行されたものです。

比較的薄手の羊皮紙で、文書下部が折りたたまれています。折り目を開くと、フランス国王ルイ16世の直筆署名が現れます。「16世」は書かずに、単純に「Louis」(ルイ)としてあるのですね。これは、ルイ14世も15世も18世も同じです。ちなみにルイ16世は、マリー・アントワネットの旦那様ですね。
文書の折り目にはヒモが通されており、ブルボン王家の黒い蝋の印章が付いています。

冒頭には、国が発行する文書の定型文としてこう書かれています。

Louis par la grâce de Dieu Roy de France et de Navarre ; A tous présents et avenir, Salut.
神の恩寵によりフランスとナバラの王であるルイより、現在と未来のすべての人へ挨拶を贈る。

おおまかな内容は、次の通りです。

イギリス生まれの親愛なるロバート・ヤング氏は、長期間住んでいた我々の王国に定住し生涯を終えるという決意を示した。我々の王国において動産・不動産を我々の国民と同様に所有する権利を持つものとする。

この後に相続についてなどの細かい話が続きます。
フランスでは、フランス革命まで公文書は羊皮紙が使われていました。すでに手漉き紙が流通していたにも関わらず、耐久性の理由に加え、おそらく「権威付け」のため、値の張る羊皮紙を使っていたのです。

フランス革命後の革命政府発行の文書は手漉き紙に代わりました。しかし、ナポレオンの治世になるとまた羊皮紙文書が部分的に復活しました。

ローマ教皇勅書 ローマ教皇クレメンス11世の鉛の印章付き

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1717年 ヴァチカン
羊皮紙動物種: 山羊

教皇クレメンス11世(在位1700~1721年)の名で教皇庁が発行した教皇勅書です。
文書は、定型文として次の文言ではじまります。

Clemens Episcopus Servus Servorum Dei
クレメンス、司教、神のしもべの中のしもべ。

一応上記の文言がアルファベットで書かれているのですが……読めないですよね。かろうじて最後の「Dei」がわかる程度です。

これは、「勅書書体」(scrittura bollatica)というかなり特殊な書体で書かれているから。文字が読みにくいのみならず、略語が多くかつ句読点が一切ないため、一般人には解読が困難でした。このような文書には、別途「読める」書体で書かれたものが付随していたようです(ここで紹介しているものには付随文書がないため、内容は未解読)。

この書体を使う習慣は、レオ13世(在位1878~1903年)が教皇に即位して廃止になり、通常の「読める」書体で文書が書かれるようになったとのこと。

教皇勅書には、文書の真正性の証明として鉛の印章が吊り下げられています。片面には教皇クレメンス11世の銘が、その裏には使徒パウロとペテロの顔が刻まれています。重い鉛をぶら下げておくには、紙だと破れてしまうため、羊皮紙の強靱さが必要でした。

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