ここでは、羊皮紙のさまざまな用途や、使い方、加工方法などをご紹介します。
基本的には普通の紙のように使用できます。ただし、もともと動物の身体に貼りついていた皮を強制的に伸ばして作ったのが羊皮紙です。湿度変化で反ったりうねったりしますし、動物種や個体差、体の部位などにより質感もまちまちです。一枚として同じものはない、個性豊かなバリエーションこそが羊皮紙の魅力でもあるのですが、実際に使うとなるとやっかいなことも多いのが正直なところ。場合によっては用途や画材に合わせた調整が必要になります。
ここでご紹介する方法等はあくまでも一般的な目安です。作品制作の方法やお好みは人それぞれですので、「羊皮紙とはすべてこういうものだ」や「こうしないといけない」ということではありません。参考資料としてご活用ください。
羊皮紙の用途
羊皮紙は、現代においてもさまざまな用途で活用されています。その一例をご紹介します。
絵画(テンペラ・水彩・ペン画・銀筆など)、カリグラフィー、装幀、パーチメントクラフト、小物・アクセサリー、インテリア、家具表装、名刺、証明書、修復素材、教材(学校・美術館など)、護符、写真背景、小道具(映画・テレビ・演劇など)、楽器部品(打楽器・弦楽器など)
使用できる筆記具・画材・接着剤
中世の「絵具」であったテンペラ絵具はもちろん、油絵具、水彩、ガッシュ、ポスターカラー、パステル、墨、インク、鉛筆、ボールペンなど、基本的に何でも使用できます。
ただし、以下の注意点がございます。
- 何でも使えるとはいえ、筆記具や画材との相性はあります。たとえば、滑らかな仔牛皮にパステルは乗りにくい、粗めのひつじ皮に水分多めの水彩で描くと滲みやすい、などです。お使いの筆記具や絵具に合うタイプの羊皮紙を選ぶことと、表面調整を行うことで使いやすくなります。
- 羊皮紙は普通の紙よりも表面が固く、毛穴の凹凸や加工の際の削り粉などがある場合もありますので、ペン先の摩耗が早くなる可能性があります。
- 水彩などで水分を多く含んだ絵具を広い面積に使用する場合は羊皮紙が水分でうねります。その際は木枠や板に張った状態で作業をすると変形を軽減できます。
接着剤は、ヤマトのり、アラビアのり、木工用ボンド、にかわなどが使えます。
どちらが「おもて」?
羊皮紙には、もともと毛が生えていた面「毛側」(ヘアサイドとも)と、肉が付いていた(身体の内側)面「肉側」(フレッシュサイドとも)があり、質感が異なります。どちらを「おもて」として使えばよいのでしょうか。
特徴としては、毛側は硬く滑らかで若干プラスチックっぽい感じ。肉側は多少柔らかくざらつきがある感じです。ただし、ごく一般的な特徴ですので、羊皮紙の動物種や処理方法、個体差や部位により異る場合もあります。
毛側は絵具やインクをあまり吸い込まず、肉側はよく吸い込みます。動物の皮膚を素材とするレザーを考えていただければ、わかりやすいでしょう。毛の生えていた面は滑らかですが、反対側はモサモサしていますよね。
各側のメリットは次のようになります。
- 毛側: 絵具をあまり吸い込まないため発色がよい(色が沈まない)。
- 肉側: 絵具やインクを吸い込むので固着しやすい
たとえば、片面筆写が一般的な羊皮紙の文書や巻物などは、「発色」よりも「固着」(長持ちさせること)を優先しているため大部分が肉側に書かれています。情報の欠落を防ぐためですね。
本の装丁に使用する場合は、毛側を表にすることが一般的。手汗や汚れが染み込みにくいからです。また、現代のアーティストは毛側に描画するケースが多いようです。発色がよいというメリットの他に、毛側のほうが毛穴や色が「羊皮紙っぽい」ため、普通の紙とは違うことが一目瞭然だからでしょう(肉側は通常真っ白です)。
どちら側を「おもて」として使うのかは、用途によって異なるのですね。ちなみに中世写本など冊子として両面使用する場合は、表裏の概念はありません。
厚さ・粗さの調整
羊皮紙の特徴のひとつは、「自分の好みに合わせて加工できる」ことです(とは言ってもこれが結構難しい)。厚さおよび表面粗さの調整は、サンドペーパーを使って行います。
<薄くする>
「厚さ調整」とは言っても、「厚くする」ことはできません。ここでは羊皮紙を薄くする場合について紹介します。薄くするには、羊皮紙をサンドペーパーで削ります。肉側のほうが柔らかいため、肉側を削ることで早く薄くできるでしょう。薄くしたいだけであれば、筆写や描画をしない面を削ったほうが、表面処理の手間が省けます。
まず60番程度の粗目のペーパーで削りましょう。ある程度薄くなったら次第に目を細くして(240番程度)削り痕を目立たなくします。ペーパーを往復させると羊皮紙が引っ張られて「グシャッ」と折り目が付いてしまうため、中央から外側に向かって一方向に動かすようにしましょう。次に、必要に応じて(両面筆写する場合など)以下の表面性の調整を行います。
<表面を調整する>
羊皮紙の毛側は滑らかで硬めです。特に仔牛皮は滑らかで、場合によってはインクや絵具がぼやけてしまいます。
絵具やインクの乗りをよくしたい、パステル画用に粗目にしたいなどの場合は、400番または600番のペーパーをかけます。肉側は、600番よりも粗目のペーパーをかけると荒れて滲みが発生する可能性が高くなりますので要注意。
逆に、表面にざらつきがあるひつじ皮を滑らかに調整したい場合は、1000番ほどのペーパーで磨きます。ティッシュペーパー数枚丸めたもので磨いてもよいでしょう(柔らかな高級ティッシュではなく、鼻をかむとヒリヒリするような安いティッシュがお勧め)。ツヤを出したい場合は、めのうなど滑らかな石で磨くとテカテカになります(百均のガラス瓶の底でも可)。ちなみに、ビザンツ帝国の写本にはこのようなテカテカに磨かれた羊皮紙が使われています。
薄くしたり粗さ調整をしたときに、「やりすぎて表面が荒れてしまった」「ペーパーを往復させてグシャリと折れてしまった」・・・。このような悲しい場合でも、少し高度な技になりますが「ある程度は」復元可能です。
バケツに水を張り、傷んだ羊皮紙を1時間ほど浸けておきましょう。プルプルになった羊皮紙を、油絵用の木枠などに伸ばしながら百均で売っているプッシュピン(画鋲のようなもの)で留めます。乾燥させてカットすれば再利用できる可能性が高いです(無理な場合もあります)。ただし、サイズはひとまわり小さくなります。
脱脂
羊皮紙は動物由来のものです。特にひつじは脂の多い動物ですので、脂が残っている場合があります。また、人の手がふれた箇所などに、指の脂が付着する場合もあります。脂のある箇所にインクや絵具を乗せると、弾いてしまいます。その場合はパミス(軽石)の粉をまぶして、ティッシュでふき取るとある程度脂が除去されます。
あまりにも脂がひどい場合は、アセトン(ネイルの除光液)を塗布する場合もあります。イスラエルのカリグラファーは、灯油でふき取ると言っていました。
滲み止め
羊皮紙表面が粗い場合、インクが滲む場合があります。上記のようにティッシュなどで滑らかにする処理を行ってもうまくいかない場合は、「ガムサンダラック」という樹脂を使います。松脂のような滑り止めの役割のあるものです。
ガムサンダラックの粉をひとつまみまぶして、ティッシュでふき取ることで、滑り止めとなる粉が線維間に入り込み滲み止めとなるのです。ただし使いすぎると、ペンの滑りが悪くなったり、ペン先に粉が詰まってインクが出なくなったりしますのでほどほどに。
プリンター印刷
羊皮紙は家庭用インクジェットプリンターでも印刷可能ですが、以下の点に注意が必要です。
- カラーの場合、染料インクでは色の乗りがよくない場合があります。羊皮紙は、顔料インクのプリンターとの相性がよいです。
- 羊皮紙の厚みは一定ではなく、分厚くなっている箇所があることがあります。お使いのプリンターが分厚い用紙(0.3~0.4mm厚)に対応していることをご確認ください。
- もともと曲面だらけの動物の身体を包んでいた素材であるため、羊皮紙は「完璧に反りや歪みのない平坦な状態」でない場合も少なくありません。また湿度変化により反りや歪みが発生します。そのような状態でプリンターに通すと、プリンターのヘッドに当たって紙詰まりとなり、羊皮紙が内部でグチャグチャになることも。特に名刺~はがきサイズの小さめ羊皮紙は紙詰まりになりやすいため注意が必要です。印刷前に反っている場合は、逆方向に丸めて数時間置いて平らにします。または、反っている凸面を上にして、長めの定規を直角に押し当て勢いよく羊皮紙を斜め上に引っ張るとカールが和らぎます。あるいは、反っている凸面に温かい息を「ハーッ」と吐きかけると湿気で反りが戻りますので、平らになっている間に素早く印刷してもよいでしょう。
保管の仕方
湿度変化による反りやうねりを極力抑えるために、カットしてある羊皮紙の場合は、ビニールやクリアファイルなどに入れて「軽く抑えられた」状態にし、湿気を避けて保管します。動物の形のままのフルサイズの場合は、ゆるく巻いた状態で湿気を避けて保管します。羊皮紙に適した湿度は40~60%といわれています(厳密ではなく目安です)。
参考書籍
羊皮紙の使い方については、『羊皮紙のすべて』(2021年青土社)に詳細を書きましたのでご参照ください。