彩飾写本の色

中世の彩飾写本に使われた色をご紹介します。時代や地域、用途やグレードの違いにより、使われた色の種類や数もさまざまです。ここでは、羊皮紙工房にて所蔵している中世写本で観察できる色に限定して、基本色を紹介していきます。

ミニウム(鉛丹) Minium

四酸化三鉛:Pb3O

鉛と鉛丹顔料
1190年頃フランス/ドイツの写本イニシャル

鉛白を高温で熱してできる朱色の顔料です。加熱温度が高いほど赤に近くなります。
写本ではイニシャルや赤字がこの色で書かれました。現在では「細密画」を表す「ミニアチュール(miniature)」という言葉は、もともとこの顔料「ミニウム(minium)」から来ています。

バーミリオン Vermilion

硫化水銀:HgS

辰砂(天然の硫化水銀)
1450年頃スペイン楽譜のイニシャル

水銀と硫黄を熱して生成した化合物を、すりつぶした人工顔料です。8世紀頃にはすでに使われ、14世紀頃には一般的な赤として使われていました。天然の硫化水銀である辰砂が古代ローマなどでは使われていましたが、稀少で高価なため人工的に合成できるバーミリオンが多用されました。

カイガラムシ Kermes

カイガラムシ(コチニール)
1550年スペインの細密画背景の赤

「カイガラムシ」という虫を乾燥させてすりつぶした色です。中世においては、地中海沿いに生息し現在ではほぼ絶滅してしまった「ケルメス」という種のカイガラムシを使っていました。近世以降は主にメキシコに生息する「コチニール」という種が赤色として使われています。

ブラジル Brazil

スオウの樹皮
1470年頃ルーアン時禱書の罫線

スオウという植物の樹皮を煮出した染料にミョウバンを加え、アラビアゴムで溶いた赤インクです。主に写本の罫線引きに使われました。上の写真の、細い赤線がブラジル染料です。

中世初期〜中期の写本では、鉛の尖筆などで引かれた薄い鉛筆のような罫線が一般的でしたが、中世末期になるとスオウインクを使った赤い罫線となり、華やかな印象があります。

ちなみに、「ブラジル」というのは、スオウから抽出された染料の成分が「ブラジリン」というものだから。国名の「ブラジル」は、ブラジル染料が採れる樹が生えていたことから付けられたものだそう。

スオウ染料は、白と混ぜてピンク色を創ったり、アルカリ性の体質顔料を加えてレーキ顔料としても使われたりもします。

アズライト Azrite

藍銅鉱:Cu3(CO3)2(OH)2

アズライトの原石
1450年頃イタリア聖務日課書のイニシャル「I」

銅を主成分とする青で、西洋写本で最も一般的に使われた青色顔料です。別名藍銅鉱とも言われ、日本画では岩絵具の「群青」として使われます。

成分は以下に紹介するマラカイトとほぼ同じで、多湿の環境に置くとマラカイトに変化します。そのためか、緑と相性のよい色合いで、黄色の顔料を混ぜて青みがかった緑色として写本でも使われます。

ウルトラマリン Ultramarine

主成分:ラズライト

ラピスラズリの原石
1350年頃パリの聖務日課書イニシャル「S」

アフガニスタンで産出する稀少な青い鉱物「ラピスラズリ」由来の顔料です。原石自体が高価であることに加え、写本制作地の欧州から遠く離れた地から輸送されるため、そのコストもかかります。さらに、原石を細かく砕いただけでは単なる灰色の粉になってしまうため、純粋な「青」だけを抽出する工程が欠かせません。樹脂に粉を練り込んでボールにし、それを灰汁の中で揉みながら青い成分のみを分離するのです。そのような高価な青顔料は、聖母マリアのローブなど、特別な用途に限定して使われたといわれていますが、画像のような一般的な写本イニシャルにも使われました。

肉眼ではアズライトとの区別が微妙な場合も多いのですが、赤外線撮影をすると一目瞭然。アズライトの場合は、赤外線を吸収して黒く写るのに対し、ラピスラズリは赤外線を反射して白っぽく写ります。

左:アズライト、右:ラピスラズリ(通常光撮影)
左:アズライト、右:ラピスラズリ(赤外線撮影)
14世紀の羊皮紙写本(左:イタリア、右:パリ)
赤外線撮影。右のイニシャルは赤外線を反射

レッド・ティン・イエロー Lead Tin Yellow

錫酸鉛:Pb2SnO4

鉛と鉛錫黄の顔料
1550年スペインの細密画(柑橘類)

黄色なのに「レッド」?と思われるかもしれませんが、「Red」ではなく「鉛」を表す「Lead」ですね。鉛と錫を酸化させた人工顔料です。13世紀から18世紀までの絵画で多用されました。
レッド・ティン・イエローには、レモン色っぽい「タイプI」と、温かみのある「タイプⅡ」があります。タイプIの方が使われることが多かったようです。レモンのような鮮やかな黄色は、フェルメールの『牛乳を注ぐ女』(1657年頃)の服が代表的ですね。

スティル・ド・グラン Stil de Grain

バックソーンベリーの実
1450年頃スペインの楽譜

熟していないバックソーンベリーの果汁から作られた染料です。中世ではひつじの膀胱に果汁(染料)を入れて販売されていたといいます。ミョウバンを混ぜたり、レーキ顔料にして使うこともありました。
写本の文字のアクセントカラーとして黄色の染料が塗られていますが、退色してほとんど見えなくなっているものもあります。また、緑色の上に塗って色合い調整としても重宝したそうです。別名として、Rhamnus yellow、Beer-gelb, gialo santoなど地域によって様々な名称で呼ばれます。
なお、熟したバックソーンベリーの果汁からは、サップグリーンという緑色の染料ができます。

マラカイト Malachite

炭酸二水酸化二銅:Cu2(CO3)(OH)2

マラカイトの原石
1550年スペインの細密画

天然の緑青と言われる鉱物で、銅の二次鉱物です。比較的簡単にすりつぶすことができ、古代エジプトでも彩色用の顔料として使われていました。西洋の写本でも古くから使われ続けています。

緑には、その他銅を人工的にさびさせた緑青を使う場合もあります。また、アズライトにレッド・ティン・イエローなどを混ぜて青みがかった緑色を作ることもありました。

フォリウム Folium

フォリウム染料を染み込ませた綿布
1450年頃イタリア時禱書のイニシャル「C」(中央部と周囲が紫)

クロゾフォラ・ティンクトリアという植物から抽出した紫色の染料です。液体のままでは良好な状態で保存ができないため、染料液を綿布に染み込ませ、乾燥させた状態で保存しました。水とアラビアゴムなどの展色材で溶いて使用します。フォリウムは、アーチルという別の染料の紫色と類似しており、実際にどの染料が使用されたかは科学分析で組成を調べないとわかりません。

参考文献:
Thompson, Daniel V. The Materials and Techniques of Medieval Painting. Dover Publications, 1956.
Douma, Michael, curator. “Pigments through the Ages”. 2008. https://www.webexhibits.org/pigments (accessed February 2, 2023).
Ricciard, Paola, et. al. “‘It’s not easy being green’: a spectroscopic study of green pigments used in illuminated manuscripts”. Analytical Methods, 2013, 5. The Royal Society of Chemistry, 2013. pp. 3819–3824. https://pubs.rsc.org/en/content/articlepdf/2013/ay/c3ay40530c (accessed February 2, 2023).
The Fitzwilliam Museum. “The trade in colours”. https://colour-illuminated.fitzmuseum.cam.ac.uk/explore/trade-in-colours (accessed February 2, 2023).
Feller, Robert L. (ed). Artists’ Pigments: A Handbook of Their History and Characteristics, Volume 1. National Gallery of Art, 1986.
Roy, Ashok. (ed). Artists’ Pigments: A Handbook of Their History and Characteristics, Volume 2. National Gallery of Art, 1993.
FitzHugh, Elisabeth West. (ed). Artists’ Pigments: A Handbook of Their History and Characteristics, Volume 3. National Gallery of Art, 1997.

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