陶片(オストラコン)

意外なものも文字を記録するために使われていました。ここでは、羊皮紙やパピルスとは一味ちがう、「陶片」について紹介します。陶片に文字を記すことは、古代ギリシャや中東など広い地域で行われていましたが、ここでは特に古代ギリシャの陶器を取り上げます。


陶器に文字を刻む

羊皮紙やパピルスは、薄くて軽い大変便利な書写材なのですが、制作に手間がかかるため高価になりがち。古代の人々にとって、すぐに手元にあって使えるものではありませんでした。そこで、もっと手軽な「メモ帳」として用いられたのが、割れた陶器の破片。こうした破片はギリシャ語で「オストラコン(ostrakon)」と呼ばれます。

このオストラコンは、日常のちょっとした書きつけだけでなく、政治的な用途にも使われました。その代表例が「陶片追放(ostrakismos)」です。これは、古代アテネで独裁の恐れがある有力政治家を一時的に追放するための制度で、市民たちは投票の際、追放したい人物の名前を陶器の破片に刻みました。
そのような陶片が、アテネにある古代アゴラ博物館に多数展示してあります。

アテネの古代アゴラ博物館にあるオストラコンの数々(羊皮紙工房撮影)
ミルティアデスの子キモンの名が刻まれた陶片(古代アゴラ博物館蔵、羊皮紙工房撮影)。紀元前461年にアテネから追放された

ただ、陶器に文字を刻むのは結構大変です。私も試しに現代の陶片にキリで文字を彫ってみましたが、これが想像以上に硬すぎてなかなか削れない!左手で陶片を押さえつけて、右手の指に力を込めてようやく一文字。
しかも陶片追放の名前は正確を期すために、長~いフルネームを刻む必要があるのです。「キモン(ΚΙΜΟΝ)」だけでなく、「ミルティアデスの子、キモン(ΚΙΜΟΝ ΜΙΛΤΙΑΔΟ)」・・・。気が遠くなります。(とはいえ、語尾などは個人判別に影響のない範囲で省略可)

名前全体を刻むころには指に力が入らずナヨナヨに。おまけに陶片は曲面で滑りやすく、気を抜くとキリの刃先が陶片を抑えている手に刺さりそうになります。
古代アテネの人々は、相当な憎しみの力を込めて、血まみれになりまがら追放したい政治家の名前を刻んだのでしょうか。また、メモ書きに陶片を使う際にも、渾身の力を込めていたのでしょうか・・・。

現代陶器で文字彫り実験。硬くて滑り、なかなか削れない
力を入れすぎて、この時点で指がナヨナヨに
ようやく完成。現代の陶器だととっても大変

いやいや、さすがにこんなに苦労はしていないでしょう。扱いやすくなければ、ここまで普及しないはず。

実は、古代ギリシャの陶器は現代のものよりもずっと柔らかかったのです。これは、陶器を焼成する火の温度が原因。現代は素焼きを経て最終的に1200℃以上の高温で焼かれます。粘土や釉薬がガラス質になり、指ではじくとキンキンと高い音がなる硬質な陶器となるのです。表面はガラス質ですので、キリなどを使ってもそう簡単には削れません。

一方、古代ギリシャ陶器の焼成温度は約900℃。しかも当時は釉薬がまだない時代でした。粘土の粒子はある程度溶着しますが、表面は完全なガラス質にはなりません。指ではじくと、カッカッという乾いた音がします。乾いた粘土に近い質感です。(「カーンカーン」といい具合に響くものもあり。焼成温度のブレや形状、保存状態によります。)

さらに、古代アテネの陶器に文字を刻むのは、別の意味でも容易でした。
その秘密は、赤土の上に施された黒い「化粧土」にあります。この黒い層は非常に薄く、厚さはわずか0.02ミリほど(参考文献1)。なんと髪の毛の3分の1の薄さです。つまり、硬い表面をガリガリ彫るわけではなく、表面のごく薄い黒いコーティングを軽く削るだけで、その下の赤土が現れる仕組みなのです。わかりやすく言えば、スクラッチカードのようなもの(それよりは力が要りますが)といえるでしょう。

メソポタミアの粘土板のように、文字を深く刻んで光と影のコントラストで読むのではなく、赤と黒の色の差によって文字を浮かび上がらせていました。
さらに、この黒い化粧土の主成分は磁鉄鉱(参考文献1)で、鉄分による黒色です。中世の羊皮紙写本に使われた没食子インクも鉄分を含む黒で、ネガ・ポジの関係ではありますが、どちらも下地の色と「鉄の黒」の対比で文字を表現している点は、なんとも興味深い一致です。

古代ギリシャ陶器とメソポタミア粘土板(両方とも羊皮紙工房蔵)。文字を窪ませて表現しているが性質は異なる
古代ギリシャ陶器と中世羊皮紙写本(両方とも羊皮紙工房蔵)。全く異なる素材だが、「鉄の黒」が文字認識に貢献

古代ギリシャの陶片に線を刻んでみた

ただ、ここまで書いたことはあくまでも「一般論」。実際の削り心地はどうなのでしょう。

幸い、手元に当工房所蔵の古代ギリシャ陶器の小さな破片があります。こちらは、古代アッティカ地方で作られたフィアレと呼ばれる献酒皿のかけら。すでに随分と劣化しています。

献酒皿フィアレの破片(羊皮紙工房蔵)
裏側。指と比較して大きさがわかる

この裏側の端の部分に少し線を刻んでみましょう。かけらとはいえ、2500年間残っている文化財ですので、なるべく目立たないように。

恐る恐る千枚通しを近づける
ついに古代ギリシャ陶器に線を刻んだ(極力目立たないように)

結果は・・・

サクっと削れました!

現代陶器で散々苦労した記憶があるので、おもしろいくらいカリっと削れて気分爽快です。「もっと削りたい!」という危険な思想に囚われそうなくらいでした。
古代アテネで陶片が書写材として使われたことは、感覚的に納得です。

ちなみに、現代でこの削り具合を再現するには、オーブン粘土がちょうどよいことにも気づきました。オーブンで焼いた後の軽さと、サクっという削れ具合が古代ギリシャ陶器と結構似ているのです(もちろん、まったく同じではないですが)。
ある大学で古代の書写材についてのワークショップをした際に、陶片に文字を刻む体験を「オーブン粘土オストラコン」で行いました。そこには、学生のみなさんが追放したい存在の一覧が!


追放したいものが刻まれている(大妻女子大学の学生さん作)

陶片に刻まれた文字の深さ実測

実際、どの程度の深さまで文字を刻んでいたのでしょうか。こうなったら徹底的に調べたい!

当工房所有の紀元前5世紀アテネで作られた「キュリクス(κύλιξ, kylix)」と言われるタイプの酒杯の底には、「ΘΡΑ」(トラ)という文字が彫られています。これは、当時の持ち主と思われる名前の略称なのでしょう。フルネームはΘράσων(トラソン)やΘρασύβουλος(トラシュブロス)などだったのかなと想像を掻き立てます。私は親しみを込めて「トラさんの盃(さかずき)」と呼んでいます。(アテネの古代アゴラからも、「ΘΡΑ」という文字が刻まれた陶片が複数発掘されているようです(参考文献2, 図F33–40)。)

これは絶好の計測サンプル!

紀元前5世紀アテネの酒杯「キュリクス」(羊皮紙工房蔵)
キュリクス底に刻まれた文字「ΘΡΑ」(トラ)

この文字の彫りの深さを計測してみましょう。汚さないようにラップをかけ、その上から樹脂粘土を押し付けて、文字の凹みの型を採りました。乾燥後に、厚み計で通常部分と文字部分の厚さを測ります。


樹脂粘土を押し当てて文字の深さを測定

簡易的な計測のため誤差はだいぶあると思いますが、結果は約0.07mm。つまり髪の毛の太さと同じ程度の極浅い彫りでした。

同じく文字をくぼませて表現している古代メソポタミアの粘土板を同様に計測した際には、文字深さが1~2ミリでした。なんと古代ギリシャ陶器の14~28倍の深さ! 光と影のコントラストで文字を読ませるにはそのくらいの深さが必要なのでしょう。それを考えると、古代ギリシャ陶器の文字はまさに「表面を軽く削った」程度ですね。

現代の陶器だと、浅い彫りにしようとするとガラス質の釉薬でキリが滑ってしまいます。かといって、深く彫ろうとしても高温焼成による陶器の硬さで力が要ります。釉薬を使わず、かつ低温焼成、さらに表面と本体の色が異なる古代アテネの陶器だからこそ、「陶片に文字を刻む」ことが一般化したのでしょうね。

パピルスが容易に手に入るものではなく、羊皮紙もまだない紀元前5世紀のアテネでは、身近にあった「黒コーティングの柔らかい陶器」が手軽な書写材だったのです。

優れた書写材の生産地―「呑み会」

文字が刻まれているのは、生活用品として使われる陶器の破片です。
もし私が当時陶器ビジネスをしていたなら、筆写用の平たい「陶器版」を作って売り出すのですが(作るのも簡単ですし)、不思議なことにそのようなモノはないのですね。
平たければ文字も安定して刻みやすいので、いい商品アイデアだと思うのですが・・・。あまり利益を見込めなかったのでしょう。

とはいえ、陶器の破片はそもそもそれほど多く出るものなのでしょうか。私たちも陶器の食器を使いますが、そう頻繁にパリパリ割れるわけではないですよね?

陶器が割れる原因と言えば、不注意や乱雑な扱い。そのようなシチュエーション満載なのが、「呑み会」です。

古代ギリシャでは、社会の上流層の男たちが集まり、ワイワイと酒を呑みかわす「シュンポシオン」という集まりが開かれていました。これは現代の「シンポジウム」の語源。シンポジウムというとお堅い学術会議のようですが、語源はギリシャ語のσυμπόσιον(シュンポシオン)=「σύν(シュン=一緒に)」+「πόσις(ポシス=飲むこと)」。つまり単なる「呑み会」のことです。

多くの場合、ただ酒を呑むだけではなく、各会にテーマがありました。哲学についてのスピーチを各自行いながら酒を呑む、など現代の私たちからするとあまり楽しくなさそうな感じですよね。(プラトン著『饗宴』に当時の呑み会でのスピーチの様子が書かれていますので興味のある方は是非お読みください。)


酒を注ぐ少年と、杯を掲げるカベイロス神。
実際のシュンポシオンの様式を反映した図像として知られる。紀元前420~410年ごろ。
アテネ国立考古学博物館蔵(inv. 10426)(撮影:羊皮紙工房)

ただ、やはり楽しくないと呑み会じゃない!いろいろな仕掛けや催しが用意されています。

各自が持つワインの盃には、主に冒頭で紹介したキュリクスというタイプの酒杯が用いられます。
中には、下に掲載した写真のように、外側に大きな目が描かれていて、ワインを飲むために傾けると同時に「タコのはっちゃん」のような仮面をつけた様子になるものも。これは、紀元前6世紀後半に流行った「Eye cup」(アイカップ)というタイプのキュリクスです。

紀元前6世紀(530年頃)アッティカ黒絵式キュリクス(羊皮紙工房蔵)
ワインの飲むために酒杯を傾けると、仮面をつけているようになる

仮面をつけたような様子を見て、吞み仲間たちは「おい、あいつタコだ、タコ!」など盛り上がるのでしょう。男子のノリですよね。

ではワインを飲んでいる本人の視点から見てみましょう。うつわの中には、深紅のワインが注がれています。古代ギリシャのワインは、水で薄めても透明度が低かったと考えられています。


キュリクスに注がれたワイン(レプリカ、羊皮紙工房作成)

飲み進めるにつれ、底に描いてある模様がうっすらと見えてくる。そして飲み干すと同時に対面するのは、「直視するとその人は石と化す」というメデューサの顔。

ギリシャ陶器

酒杯の内側には、見たものを石に変えてしまうメデューサの顔。
ワインを飲み干すと現れる(紀元前6世紀アッティカ地方、羊皮紙工房蔵)

まだ酔いが浅い段階なら、プハっという笑いですみますが、酔いが回った状態で目の前にこの顔が現れたらどうでしょう。絵と現実との区別がつかず、取り乱す人もいたかもしれません。
紀元前4世紀頃のアテナイの喜劇詩人エウブロスは、酒量について次のように書いています。

節制を目的として三つの大杯にワインを調合する。その一つは健康のためで、みながまずそれを飲み干す。二番目の杯は愛と喜びのため、そして三番目のそれは眠りのためである。これを飲んでしまうと、賢明なお客は帰宅する。四杯目はわれらのものではなく暴力の手にあり、五杯目には大騒ぎをし、六杯目には酔っ払う。七杯目はけんか沙汰、八杯目には警官のお出ましだ。九杯目には怒りっぽくなり、十杯目には気が高ぶって家具を投げつけることになる。
(エウブロス『断片93』、ヒュー・ジョンソン『ワイン物語』からの訳(参考文献3))

4杯目以降の人であれば、驚き・怒り・興奮などで、このうつわを放り投げていたかもしれません。このキュリクスの取っ手が片方ないのは、そのせいだったのでしょうか。でもおかげで陶片追放の投票用陶片が無事生産されるのです。

陶片生産の要因はそれだけではありません。
さらに、余興として「コッタボス」というゲームも行われました。これは、キュリクスの取っ手を指にかけて、取っ手を支点としてキュリクスの中にあるワインの滓を会場中央にある的に当てるゲームです。


コッタボスが描かれたキュリクス。取っ手を持ってワインの滓を投げている。
紀元前510年ごろ(古代アゴラ博物館、羊皮紙工房撮影)

細い取っ手を支点にすれば、何が起こるでしょう。折れます。
取っ手が折れたらどうなるでしょう。キュリクスごと飛んでいき、落ちて割れます。
数人分の投票用陶片が無事生産されますね。

アテネの古代アゴラ博物館には、追放したい政治家の名前が刻まれた陶片がずらりと展示されています。その大部分が、ワインカップの破片・・・。この展示を見ながら、アテネの政治ではなく、当時の呑み会の荒れ具合を想像してしまいます。

エウブロスの詩に基づけば、間違いなく4杯以上は呑んでいるでしょうね。


文字が刻まれているのはほとんどがキュリクスの底部分

陶片はごく限られたスペースしかないため、さすがに文学作品などは記録されません。主に投票や、ごく簡単な手紙、メモなど手軽な用途に限られます。上流階級しか使えない高級なパピルスなどとは違い、陶片は簡単ながらも庶民の記録を現代にまで伝えてくれるという意味で、大変優れた書写材と言えるでしょう。

その他の書写材について

古代メソポタミアの粘土板: 羊皮紙工房所蔵の紀元前19世紀の粘土板を基に、実践を交えて粘土板の作り方を解説します。

パピルス紙の作り方: 羊皮紙工房のベランダで育てたパピルス草から、実際にパピルス紙を作ってみます。

蝋板(ワックスタブレット): 羊皮紙工房所蔵の2~3世紀ローマ帝国の青銅製スタイラス(引っ掻きペン)を基にしてスタイラスを作成し、蜜蝋で作った蝋板に文字を刻み、消すことを実践します。


参考文献

1. Maniatis, Y., Aloupi, E., & Stalios, A. D. (1993). New evidence for the nature of the Attic black gloss. Archaeometry, 35(1), 23–34.

2. Lang, M. (1976). The Athenian Agora, Vol. XXI: Graffiti and Dipinti. Princeton, NJ: The American School of Classical Studies at Athens.

3. ヒュー・ジョンソン(著)、小林章夫(訳)『ワイン物語 芳醇な味と香りの世界史』平凡社ライブラリー、平凡社、2008年。

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