中世写本ギャラリー

羊皮紙工房が所蔵する中世写本の一部をご紹介します。(「中世」とはいっても厳密な時代区分ではなく、中世の写本制作の伝統を受け継ぐ近世の写本も含みます。)
気の遠くなるような工程を経て作られる写本。現在でもその輝きを保っています。書き間違いや落書きなど、職人の人間味を感じられるのも、手書きである写本の醍醐味でしょう。

※日本語版聖書出典:聖書 新共同訳 ©日本聖書協会

神聖ローマ皇帝カール5世発行の爵位証書

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※厳密には写本ではなく公文書なのですが、色鮮やかな彩飾により写本の項目でご紹介します。

発行年1550年9月6日
授与者神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世)
受領者Niculas de Campoo(Carrionという街の議員)
発行地スペイン バリャドリッド(カスティーリャ・イ・レオン州)
言語スペイン語
ページ数96ページ
サイズ装丁 265 x 366 x 22(厚)mm、本文用紙 250 x 350 mm
羊皮紙厚さ0.14~0.23 mm(平均約0.22~0.23mm)
羊皮紙動物種仔牛 ※2020年イギリス・ヨーク大学でのタンパク質質量分析(ZooMS)による動物種特定結果
羊皮紙の特徴肉側には白い塗料がコーティングされておりかなり滑らか。薄手のプラスチックの下敷き、もしくは若干固めのクリアファイルのような触り心地。

背景

「爵位証書」とは、貴族の家系に生まれた人物が、その地位を公的に認めてもらうために役所に申請し、数々の調査を経て認められた際に授けられるものです。記録としてその内容の写しが役所にも収められます。

内容

この証書の授与者は、当時のスペイン王でもあった神聖ローマ皇帝カール5世(スペイン王としては「カルロス1世」)。イニシャル「D」は、スペイン語の尊称「Don」(ドン)の「D」。「Don Carlos」(ドン・カルロス)という王の名ではじまる最初の見開きページには、カルロス1世の肩書がびっしりと書かれています。

ドン・カルロス、神の恩寵により、神聖ローマ皇帝、永遠の尊厳者、ドイツ王、イタリア王、全スペインの王及びカスティーリャ王、アラゴン王、レオン王、ナバラ王、グレナダ王、トレド王、バレンシア王、ガリシア王、マヨルカ王、セビーリャ王、コルドバ王、ムルシア王、ハエン王、アルガルヴェ王、アルヘシラス王、ジブラルタル王、カナリア諸島の王、両シチリア及びサルデーニャ王、コルシカ王、エルサレム王、東インド、西インドの王、大洋と島々の君主、オーストリア大公、ブルゴーニュ公、ブラバント公、ロレーヌ公、シュタイアーマルク公、ケルンテン公、カルニオラ公、リンブルク公、ルクセンブルク公、ヘルダーラント公、アテネ公、ネオパトラス公、ヴュルテンベルク公、アルザス辺境伯、シュヴァーベン公、アストゥリアス公、カタルーニャ公、フランドル伯、ハプスブルク伯、チロル伯、ゴリツィア伯、バルセロナ伯、アルトワ伯、ブルゴーニュ自由伯、エノー伯、ホラント伯、ゼーラント伯、フェレット伯、キーブルク伯、ナミュール伯、ルシヨン伯、サルダーニャ伯、ズトフェン伯、神聖ローマ帝国の辺境伯、ブルガウ辺境伯、オリスターノ辺境伯、ゴチアーノ辺境伯、フリジア・ヴェンド・ポルデノーネ・バスク・モリン・サラン・トリポリ・メヘレンの領主。

装飾

イニシャル文字Dの中には、受領者であるNiculas de Campooに与えられた紋章が描かれています。2本の波線は水を表すもの。斬首されて血を流す、不気味な動物の頭部は何でしょう。これは「猪の首」で、動物を供する「おもてなし」を意味するようです。

金泥で塗られた欄外装飾は、「イスパノ・フレミッシュ」(スペイン+フランドル)様式。フランドルのゲント・ブルージュ様式を踏襲し、動植物が立体的に描かれています。キリスト教的モチーフではなく、ローマ神話の女神「フローラ」と思われる女性が円の中に描かれています。

書体

文字は、イタリアやイベリア半島で用いられた丸っぽい書体「ゴシック・ルタンダ」体のバリエーション。単語間のスペースが狭く、現代の私たちにはとても読みにくいですね。
最後の数ページにわたり、数人の証人がそれぞれ文章を綴っています。形式ばった本文の書体とは打って変わって、十人十色の筆記体です。

中世の「コメント機能」(旧約聖書列王記)

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制作年1250年頃
制作地パリ
言語ラテン語
サイズ136 x 198 mm
羊皮紙厚さ0.08~0.10 mm
羊皮紙動物種ひつじ(目視による毛穴観察)
羊皮紙の特徴毛側には黒い毛根が残っているため、黒い毛のひつじから作られたことがわかる。削り跡は目立たず、紙のようにサラサラな質感。肉側は白い塗料が塗ってあり、ツヤがありツルツル。薄いトレーシングペーパーのような手触り。

13世紀パリの小型聖書です。旧約聖書の「列王記上」の1章と2章が書かれています。
中世の写本は、貴重な羊皮紙全体にぎっしりと文字を書いているのではなく、かなりのスペースを余白として残しているものが多く見られます。その理由の一つは、このように余白に補足や注釈などを書き込みできるようにするため。

余白の書き込み1: 間違いの修正

この写本では、筆写職人が本文を書いた後で、校正者が本文を見直して修正をしています。タネ本を見ながら筆写をするのですが、やはり人間。間違いは出るものです。文章を飛ばして書いてあるところがところどころに見られます。たとえば、以下の文章。

Salomon filius tuus regnabit post me, et ipse sedebit super solium meum pro me.
あなたの子ソロモンがわたしの跡を継いで王となり、わたしに代わって王座につく(旧約聖書列王記上1章30節)

本来は上記の文章ですが、この写本では後半をごっそり抜かして以下の文章になっています。

Salomon filius tuus regnabit post me
あなたの子ソロモンがわたしの跡を継いで王となる

写本筆写後の入念な校閲を行った結果ミスを発見!校閲者が本文の該当箇所に「=」のような記号を書き、欄外に同じ記号を入れて、後半の文言を追記しています。
しかし、その修正にも抜けが発生!「et ipse sedebit super solium meum pro me」の「meum」を抜かして修正してしまったのです。校閲者は自分で気づいたようで、修正分にも「=」記号を入れて、「meum」を挿入しています。
異端尋問などがはびこっていた中世の時代に、聖書の文言を抜かしてしまうのは一大事。校閲も必死です。

余白の書き込み2: 文脈の補足

校正者とは別の筆跡の書き込みもあります。こちらは、文脈の補足。聖書を教える立場の人が、説教のために注釈を書いておいたのでしょうか。

ある聖句に対して、聖書の別の部分のエピソードを補足部分に書き足しています。たとえば「あなたは、ツェルヤの子ヨアブがわたしにしたことを知っている。」とさらっと言っていることに対し、ヨアブという人はどういうことをしたのか、などを注釈として付け加えています。

本文に対する註釈やコメントの仕方、まるで現代のパソコンで使うマイクロソフトのWordのコメント機能のようにも見えますね。

不自然にカットされた聖務日課書(聖アナスタシアへの祈り)

1190年頃聖務日課書
制作年1190年頃
制作地フランス/ドイツ
言語ラテン語
サイズ122 x 223 mm
羊皮紙厚さ0.17~0.25 mm
羊皮紙動物種仔牛 ※2020年イギリス・ヨーク大学でのタンパク質質量分析(ZooMS)による動物種特定結果
羊皮紙の特徴毛側はすこしざらつきがあり、肉側は滑らか。茶色っぽく透明感がある。湿気の影響でシワがよっている。乾燥し、パリっとしている。その関係で一部破れて穴が空いている。厚手のトレーシングペーパー、あるいは薄手のプラ板のような質感。

内容: 聖アナスタシアへの祈り
「主よ、あなたに懇願します。祝福されたアナスタシアの美徳を通して、正当に供された贈り物を受け取り、私たちの救いに助けを与えてください。」

12世紀末頃の聖務日課書です。書体がロマネスクからゴシックへ移行するプロトゴシック体となっています。

途中で不自然にカットされています。羊皮紙は高価であったため、使用しなくなった写本を別用途にリユースすることがありました。

これと同じ写本の断片が、デンマークのフレデリクスボー城にあるコンペニウスオルガンのふいごの補強材として使われていることが分かりました。研究書に実物大で掲載されている写真と照合したところ、ピッタリ一致。完全一致ではないですが、文字や行間スペースが一致していることから、17世紀のオルガン制作者エサイアス・コンペニウスが補強材として使用したものと同じ写本の断片ということが考えられます。

照合したところピッタリ一致

参考文献:
Tortzen, Christian Gorm. “Compenius as a Butcher of Books”, Claus Røllum-Larsen (ed.): The Compenius Organ. Det Nationalhistoriske Museum, Frederiksborg Slot. 2012. pp. 114-125.

メイド イン フランドルの輸出品 時禱書

1450年時禱書
制作年1450年頃
制作地フランドル
言語ラテン語
サイズ94 x 125 mm
羊皮紙厚さ0.08~0.15 mm
羊皮紙動物種仔牛 ※2020年イギリス・ヨーク大学でのタンパク質質量分析(ZooMS)による動物種特定結果
羊皮紙の特徴毛側も肉側も滑らか。毛側には削り跡や毛羽立ちはなし。毛穴も特になし。肉側は白く、ツヤはない。透明感があり、毛側に描かれている欄外装飾が肉側から透けて見える。トレーシングペーパーのような質感。

内容: 一時課賛歌「思い出したまえ、救い主よ」

<上から6行目イニシャル「M」~下から2行目「amen」まで>
Memento salutis auctor quod nostri quondam corporis ex illibata virgine nascendo formam sumpseris. Maria mater gratiae mater misericordiae tu nos ab hoste protege in hora mortis suscipe. Gloria tibi domine qui natus es de virgine cum patre et sancto spiritu in sempiterna saecua amen
思い出したまえ、救い主よ、かつてわたしたちの体の姿をとり、汚れない乙女から、生まれたもうことを。マリアよ、恵みの御母、憐れみふかい御母、わたしたちを敵から守り、死の時に受け入れたまえ。栄えあれ、主よ、乙女から生まれたもうた御方よ、父と聖霊とともに、世々かぎりなく、アーメン

この写本はフランドル地方(現ベルギー)でイングランド向けに作られたもの。そのため、フランドル風ではなく、イングランド用の装飾となっています。フランドルは毛織物だけでなく、写本の制作・輸出地としても有名だったのです。この写本は、同じくフランドルでイングランド向けに制作されたとされる、慶應義塾図書館所蔵『フィトン時禱書』と文字や装飾が類似しているところから、同じまたは近い工房で制作されたことが考えられます。

フランドルの中心地ブルージュ(ブルッヘ)では、羊皮紙をはじめとする皮革取引も行われていました。国内からは広大な田舎に数ある牧場からのひつじ皮、海外からはスペインのナヴァール、カスティリヤ、アラゴン、そしてロシアからの原皮に加え、イングランドやその他北方諸国から完成品の羊皮紙がブルージュに集まったとのことです。原皮の取引は、Huidevettersとwarandeursのギルドによって取り仕切られていました。このギルドは、皮の品質管理にも責任を負っていたそうです。ブルージュのHuidevetters-plaatsを拠点としていました。

この写本の下部は、水分によるダメージを受け、顔料が剥がれています。

参考文献: 
松田隆美『究極の質感(マテリアリティ)-西洋中世写本の輝き-第31回慶應義塾図書館貴重書展示会図録』2019年、慶應義塾図書館、70頁。
松田隆美「エリザベス1世の侍女の時禱書―『フィトン時禱書』の特色と来歴」松田隆美編『書物の来歴、読者の役割』2013年、慶應義塾大学文学部、99-131頁。
Watteeuw, Lieve. “Flemish manuscript production, care, and repair”. Flemish manuscript painting in context. Getty Publications, 2006: p.75.

ぶどう――救いのしるし?堕落のあかし? 時祷書

1470年頃時禱書
制作年1470年頃
制作地フランス
言語ラテン語
サイズ129 x 183 mm
羊皮紙厚さ0.17~0.25 mm
羊皮紙動物種仔牛(目視と地域的な傾向)
羊皮紙の特徴毛側は若干起毛しており、肉側は滑らか。毛側に褐色の毛根がかすかに見られるため、茶色い毛の牛からできていると思われる。透明感はなし。サラサラした触り心地。画用紙のような質感。

この時祷書には、聖母マリアへ捧げた祈り2編が書かれています。
死のその日に罪びとの私をお救いくださいという「あなたにせつに願う」という祈り、そして、彩色イニシャル「O」からはじまる「おお、けがれなき者よ」。けがれなき聖母マリアへ賛美を捧げています。

<中央赤字>
Alia oratio de beata Maria et de sancto Johanne.
祝福されたマリアと聖ヨハネの別の祈り

<イニシャル「O」から>
O Intemerata, et in aeternum benedicta, singularis atque incomparabilis virgo Dei genitrix Maria, gratissimum Dei templum. Spiritus Sancti sacrarium: ianua regni caelorum: per quam post Deum totus vivit (orbis terrarum.)(カッコ内は次のページ)
おお、穢れなき永遠に祝福された、唯一無二の比類のない処女マリア、神の母、最も喜ばれる神の神殿、聖霊の聖地、天国の扉、神の隣で全世界を生かしてくださる方。

イニシャル「O」に描かれているのは、聖母の象徴のひとつである「謙遜」を表すスミレ。どちらかというとパンジーに近い種類のようです。
ボーダーには、半円を描くようにぶどうが描かれています。ぶどうは、キリストの救いの象徴、また聖母の誠実さの象徴です。同時に、ワインの飲みすぎによる堕落の意味も持ち合わせます。堕落した人間が、誠実な聖母に神への執り成しを願い、それにより救いが得られるようになる。まさにすべてを象徴する果物なのです。
ちなみに、ぶどうが描かれている金の半円形は、裏にも同じ形で描かれており、つなげると「O」の形に。「おお,けがれなき者よ」のイニシャル「O」とリンクしているようにも思えます。なかなか緻密に計算されている中世のデザインです。

インク焼けで文字に穴 ルーアン式典礼時禱書(部分) 冊子

1450年頃時禱書

制作年: 1450年ごろ
制作地: パリ
言 語: ラテン語、フランス語
素 材: 仔牛皮
 ※製本(装丁)は現代の修復で、中世のものではありません。
ページ数:52ページ(時禱書の一部のみ)
内 容: 聖母の小聖務日課、ミサの福音、
死者のための聖務日課、諸聖人の連祷

15世紀半ばパリで制作された典型的な時禱書の一部です。通常350ページほどあるのですが、バラバラにされてしまい、残った52ページのみが再製本されています。

内容抜粋
1ページ目(fol. 31r)聖母の小聖務日課・賛課(日の出の祈り)
踊りをささげて御名を賛美し太鼓や竪琴を奏でてほめ歌をうたえ。主は御自分の民を喜び貧しい人を救いの輝きで装われる。主の慈しみに生きる人は栄光に輝き、喜び勇み伏していても喜びの声をあげる。口には神をあがめる歌があり手には両刃の剣を持つ。国々に報復し諸国の民を懲らしめ王たちを鎖につなぎ君侯に(鉄の枷をはめ) ※括弧内は次ページ
(旧約聖書詩編149章3~8節)

文字はしっかりと書かれていますが、インク焼け(酸化)で穴が空いている箇所が多数あります。また、水の浸食があったためか全体的に羊皮紙にしわがよっており、またイニシャルに貼ってあった金箔が剥がれ落ちています。そのためイニシャルは下地の石膏(ジェッソ)がむき出しになり白く見えています(ところどころ金が残っているところもあります)。色落ちも激しいですが、作られた当時は鮮やかなものだったことでしょう。

毛穴くろずみ 時禱書

1450年頃時禱書

1450年頃 イタリア
内容: 連禱
羊皮紙動物種:山羊

<金箔貼りイニシャルから下最後まで>
罪人の罪悪感と悔い改めによってなだめられる神よ、嘆願しているあなたの民の祈りを憐れみ深く見てください。

中世において、現代のイタリアにあたる地域の写本では山羊皮が多く用いられました。この時禱書も山羊皮に書かれています。山羊皮は、寒色系の白で、毛穴がミカンの皮のように目立つことが特徴です。

らくがきのある時禱書

1450年頃時禱書

フランス北西部にあった街アンジューで作られた時禱書。旧約聖書詩篇143章が書かれています(ラテン語ウルガタ訳聖書では142章)。

Et non intres in judicium cum servo tuo, quia non justificabitur in conspectu tuo omnis vivens. Quia persecutus est inimicus animam meam; humiliavit in terra vitam meam; collocavit me in obscuris, sicut mortuos saeculi. Et anxiatus est super me spiritus meus; in me turbatum est cor meum.
あなたの僕を裁きにかけないでください。御前に正しいと認められる者は命あるものの中にはいません。敵はわたしの魂に追い迫りわたしの命を地に踏みにじりとこしえの死者と共に闇に閉ざされた国に住まわせようとします。わたしの霊はなえ果て心は胸の中で挫けます。
(旧約聖書詩篇143章2~4)

金や極彩色が使われた装飾も美しいですが、見どころはチョロンと下に飛び出した葉っぱのような「落書き」。
数か月間同じような文字を延々と書き写すのが筆写職人の仕事。そりゃ~落書きもしたくなるでしょう。しかし、この必死な祈りの言葉と、ちょっとふざけた態度のコントラストが面白いですね。

筆写職人の間違い発見 時禱書

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1450年頃 パリ
内容: 新約聖書ルカによる福音書 1章36-38節 ~ 祈禱(集禱文) ~ 新約聖書マタイによる福音書2章1-3節
羊皮紙動物種:ひつじ

裏面(Verso)の右下に筆写職人の書き間違いが赤線で消してあります。本来は以下の聖句を書くはずでした。

audiens autem Herodes rex turbatus est et omnis Hierosolyma cum illo
これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。
(新約聖書マタイによる福音書2章3節)

しかし、文章をよく読まず記憶から写そうとしたのでしょう。最後のフレーズ「Cum illo(同様であった)」と書くべきところを前の単語「Turbatus(不安)」につられて同じくTurbatus(不安)と書いてしまったようです。

audiens autem Herodes rex turbatus est et omnis Hierosolyma turbatus......
これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、不安......

一番最後で間違えたショックからか、文字がだんだんかすれていっています。まさに筆写職人の「不安」が感じられますね。

中世の隠喩 時禱書

1470年頃時禱書
制作年1470年頃
制作地ルーアン
言語ラテン語
サイズ110 x 163 mm
羊皮紙厚さ0.16~0.25 mm(金箔部分は羊皮紙厚0.197mmに0.06mm盛り上げで0.256mm)
羊皮紙動物種仔牛(表面特性の目視と、地域的な動物種選択の習慣により判断)
羊皮紙の特徴仔牛皮は一般的に滑らかすぎてインクがぼやける傾向があるため、毛側も肉側も表面を意図的に粗目に仕上げている。特に毛側はわずかに起毛している。触り心地は桃の皮の表面のよう。
Laus cantici ipsi David, in die ante sabbatum, quando fundata est terra. Dominus regnavit, decorem indutus est: indutus est Dominus fortitudinem, et praecinxit se. Etenim firmavit orbem terrae, qui non commovebitur. Parata sedes tua ex tunc; a saeculo tu es. Elevaverunt flumina, Domine, elevaverunt flumina vocem suam; elevaverunt flumina fluctus suos, a vocibus aquarum multarum. Mirabiles elationes maris; mirabilis in altis Dominus. 
主こそ王。威厳を衣とし力を衣とし、身に帯びられる。世界は固く据えられ、決して揺らぐことはない。御座はいにしえより固く据えられあなたはとこしえの昔からいます。主よ、潮はあげる、潮は声をあげる。潮は打ち寄せる響きをあげる。大水のとどろく声よりも力強く海に砕け散る波。さらに力強く、高くいます主。
(旧約聖書詩篇93章1~4節)

羊皮紙、装飾、文字など全てしっかりと丁寧に作られた時禱書です。ボーダー装飾には聖母を象徴するモチーフであるユリ、イチゴ、スミレ、バラが描かれています。

よく見ると、装飾部分の羊皮紙は滑石のようなもので磨かれて滑らかにされています。彩色画家はこのようにして下地を整えてから描いたということが見える写本です。

参考文献:
Fisher, Celia. The Medieval Flower Book. The British Library, 2013.

聖歌集イニシャル切り抜き「A」

1400年代装飾イニシャル
制作年1400年代?
制作地イタリア
サイズ130 x 143 mm
羊皮紙厚さ0.24~0.31 mm(金箔部分は羊皮紙厚0.24mmに0.08mm盛り上げで0.32mm)
羊皮紙動物種山羊(毛穴パターンの目視と、地域的な動物種選択の習慣により判断。毛穴は明らかに山羊のパターン)
羊皮紙の特徴ほぼ作ったままの羊皮紙で、特に削りや塗工処理などはない。毛側を削っていないため、山羊特有の毛穴パターンがそのまま観察できる。肉側も特に目立った塗工処理はなく、マットな質感。

大型の聖歌集に施されていたイニシャル「A」の切り抜きです。大変美しいですが、反面このようなイニシャルや細密画の部分的な切り抜きにより、多くの彩飾写本がダメージを受けています。

ティッシュより薄い ポケット・バイブル(ヒエロニムス序言)

1250年頃旧約聖書
制作年1250年頃
制作地パリ
言語ラテン語
サイズ80 x 124 mm(長辺は背の部分を計測)
羊皮紙厚さ0.03~0.06 mm(背にかけて薄くなる)
羊皮紙動物種仔牛 ※2020年イギリス・ヨーク大学でのタンパク質質量分析(ZooMS)による動物種特定結果
羊皮紙の特徴もはや「膜」といってよいほどの驚異的な薄さ。毛側は削られていて毛穴は全く観察できない(仔牛はもともと毛穴が目立たない)。肉側には白い塗料がコーティングされており、薄いのに文字は全く裏透けしていない。肉側はかなり滑らかでスベスベ。レジ袋のような質感。

13世紀中盤に流行した小型聖書の1葉です。
ティッシュよりも薄い仔牛皮(ヴェラム)が使用されています。
聖書の小型・軽量化には、このような極薄の羊皮紙が必須でした。極小の文字を書く写字職人の技量も見事です。この極小文字は米1粒に4~5文字入るほど。コロコロと丸みを帯びた文字が隙間なくつながっているのが真珠のネックレスを連想させるのでしょうか、この書体は「パールスクリプト」とも呼ばれています。

インクの染みと穴あきと

1450年頃聖務日課書
制作年1450年頃
制作地イタリア
言語ラテン語
サイズ233 x 317 mm(片ページのサイズ。長辺は背の部分を計測)
羊皮紙厚さ0.16~0.19 mm(背にかけて厚みが増す)
羊皮紙動物種山羊(毛穴パターンの目視と、地域的な動物種選択の習慣により判断)
羊皮紙の特徴毛側は軽く削られており毛穴跡が残る。削りの結果起毛している部分もあり。肉側には白い塗料がコーティングされておりかなり滑らかでスベスベ。薄いプラスチックシートのような質感と音。

羊皮紙作りの過程で、穴が開くことは極一般的でした。羊皮紙が高価だった当時は、穴あき羊皮紙でも無駄なく活用します。写本においては、なるべく欄外に当たる箇所に穴がくるように羊皮紙をカットします。
しかし、この写本の装飾を担当した職人は、穴があることもお構いなしに、イニシャルのライン装飾(フィリグリー)の線を欄外まで延ばしていますね。
また中央部には、赤い文字を書いたものと同じインクの染みが。何らかの理由でインクが付いたままの指で触ってしまったのでしょうか。写本制作の様子に想像が膨らみますね。

らくがき風の横顔イニシャル 時禱書

1450年頃時禱書
制作年1450年頃
制作地イタリア
言語ラテン語
サイズ136 x 98 mm
羊皮紙厚さ0.10~0.14 mm(背にかけて厚みが増す。金箔部分は羊皮紙厚0.13mmに0.03mm盛り上げで0.16mm)
羊皮紙動物種山羊(毛穴パターンの目視と、地域的な動物種選択の習慣により判断)
羊皮紙の特徴毛側は削られているが多少毛穴跡が残る。肉側には白い塗料がコーティングされておりかなり滑らか。薄く軽やかでスベスベ。
<主の奉献の祈り>
Omnipotens sempiterne Deus, maiestatem tuam supplices exoramus, ut, sicut Unigenitus Filius tuus hodierna die cum nostrae carnis substantia in templo est praesentatus, ita nos facias purificatis tibi mentibus praesentari.
全能にして永遠の神よ、あなたの独り子が今日神殿で私たちと同じ肉の身体で捧げられたように、私たちを清い心であなたに捧げさせてくださるよう懇願します。

カラフルなイニシャルに、どこかルネサンス絵画を思わせる女性のような横顔。目が金目鯛のようになっているのは、実際に金箔が貼ってある装飾部分だからです。はじめから横顔がデザインの一部になっているイニシャルだったというよりも、装飾職人のイマジネーションが膨らんだのか、あるいは単にヒマだったのか、後からサラサラっと描いたような横顔です。それにしても、案外上手ですよね。
ちなみに、写本のイニシャルに横顔が描かれることは、16世紀スペインの楽譜ではデザインの一部としてよく見られます。

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